menu

健康福祉センター
恋野温泉 うはらの湯

兵庫県神戸市東灘区住吉東町4-37-1

「恋野温泉 うはらの湯」名前の由来

「うはら」とは漢字では「菟原」と表記します。
明治12年に行政区画として発足した「菟原郡」は、現在の芦屋市と神戸市東灘区の全域、神戸市灘区の大部分、生田川以東の神戸市中央区の一部を占める大きな郡域でした。
名前の由来は諸説あり、この辺りが海と近いため「海原(うなばら)」が「うはら」に転じたという説、六甲山の野原に兎が沢山いたからという説があります。
また、万葉集では「菟原(うない)」の表記で登場します。

「恋野」は昭和25年に「住吉町恋野」という地名がありました。
現在の住吉東町四丁目あたりです。

ところで「菟原」地域で「恋」というと東灘区には古くから伝わる恋愛に関する話があります。
「菟原処女の伝説 (うはらのおとめのでんせつ)」という話です。
遥か昔、葦屋(あしや)の菟原処女(うないおとめ)という美しい娘がいました。
彼女に慕い寄る男は沢山いたのですが、特に熱心に彼女に執心する二人の男がいました。
二人の男は彼女をめぐって激しく争うのですが、それを嘆いた葦屋の菟原処女は自らの命を絶ってしまいます。
そして二人の男も彼女の後を追って命を絶つのです。
いま神戸市の東灘区御影塚町の処女塚古墳を真ん中にして、西方二キロほどに灘区都通の西求女塚古墳(菟原壮士)、東方二キロ弱に東灘区住吉宮町の東求女塚古墳(茅渟壮士)があって、海岸部にほぼ一直線で並んでおり、これらが彼ら三人の墓だと伝えられる。